「お茶」と呼ばれる緑茶、烏龍茶、紅茶は、全て同じ「カメリア・シネンシス」というツバキ科の植物の葉から作られている。それぞれ製造方法が異なり、順に不発酵茶、半発酵茶、発酵茶とも言う。
今回のテーマ紅茶は、茶葉にある酸化酵素の力を利用して完全発酵させることで、あの色と香りが生み出されるのだ。
一体誰が最初に紅茶を作ったのだろう? 実は、真相はまだ明らかになっていない。
よくまことしやかに言われているのが、船上で偶然発酵したという説。かつて中国からヨーロッパに船でお茶が運ばれた際、その長い航海中に茶葉の発酵が進み、偶然紅茶が出来上がったというのだ。
わらに包んだ煮豆を馬の背に載せて運搬したところ、馬の体温で温まり、たまたま発酵して納豆ができたという説と似ている。だが、納豆のこの説がかなり確定的に扱われているのに対し、紅茶の船上発酵説はあり得ないそうだ。ナゼなら、緑茶として輸出するには既に加熱乾燥されており、酸化酵素は失われているので、それ以上発酵することはないという。
そこで登場するのが前号でご紹介した紅茶「ラプサン・スーチョン」で、紅茶の発祥と深く関わっているらしい。漢字で「正山小種」と書くこのお茶、中国福建省の武夷山(ぶいさん)にある桐木(とんむー)という地で作られていた。17世紀ごろ、戦でお茶の製造ができないことがあった。その後、軍が撤退し、製造を再開した際、茶葉を早く乾燥させようと松を燃やしたところ、松葉の薫香がついたといわれる。
そのクセの強い香りの例えに用いられる正露丸の主成分「クレオソート」の匂いは、松の薫香と非常に似ているそう。ハマる人とまったく受け付けない人に分かれると思うが、スコッチウイスキーや葉巻を好む英国人にそのスモーキーさがウケ、流行した。
世界遺産として知られる武夷山は、世界最高値で取引されるという岩茶「大紅袍(だいこうほう)」の産地としても名高い。その地で烏龍茶の発酵過程をさらに進め、英国人の好む状態に近づけていったら、完全発酵した紅茶になったというのが「正山」こと武夷山紅茶発祥説だ。つまり、「ラプサン・スーチョン」こそ紅茶のルーツというワケ。真偽の程は定かではないが、かの友人も筆者もこのミルクティーが大好き。何とも言えないスモーキーな香りと深い味わいに、心が癒やされる。
ミルクティーといえば、英国ではカップに注ぐのは牛乳が先か紅茶が先かという論争があったが、イギリス王立化学会が2003年に、冷たい牛乳を先に入れるべきと結論付けた。熱い紅茶に牛乳を注ぐとタンパク質が変質し風味を損ねることが、化学分析により判明したのだそうだ。
思い起こせば、このうんちくも彼女から聞いたものだ。…やっぱりそろそろ連絡してみよう。そうだ!まずこの掲載紙とラプサンを小包で送ってから電話をすれば、昨日も会っていたかのように、笑いながら話してくれるに違いない。
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。